アドラー心理学- 他者の課題

アドラー心理学での中で、共感できた言葉の1つで

 

「他者の課題に踏み込まない」

 

というのがありました。

 

例えばありがちなのは、

 

親が子供に「勉強しなさい」と言う

 

友達の恋愛相談に口出しする

 

自分の時間がないのに、他の人の宿題、タスクを手伝う

 

これらは相手のためを思って行ってる行為でも、実は相手の課題を横取りし、自分の時間を無駄に浪費している行為です。

 

特に子供に勉強するよう口うるさく言うのは間違いで、親の課題ではないのです。

 

それが誰の課題か判断するためには、こう考える必要があります。

 

「結局誰が困るのか」

 

子供が勉強しなくて困るのは子供自身です。

ということは勉強させたほうがいいのでは、と思う人もいるかもしれませんが

 

親が無理やり言い聞かせて勉強させられる子供は、将来誰かの助けを受けないと行動できない、もしくは自発的に何かしようとしない、子供になってしますことがあるようです。

 

(実際塾講師として四年間様々な生徒とを見てきましたが、親に相当口うるさく言われている生徒ほど、おどおどしていました。本当にできる子は自ら聞いてきたり、親は特に何も言ってこないという生徒が多かったような気がします。口うるさく言われてる生徒、特に小学生、中学生は本当に辛そうでかわいそうでした。)

 

自分の課題に自分自身が気づくことが大切なのです。

 

恋愛相談にしても、気づいたら自分の考えを押し付けているだけであったり

 

手伝っているつもりでも、手伝いすぎで相手が成長していなかったり

 

日々の中で、自分が相手の役に立っている、相手のためを思ってやっていると、自分だけが思っている時が思い返すとあるかもしれません。

 実はただ「他者の課題に土足で足を踏み入れているだけなのかもしれません。」

僕自身も、思い返すとあったりなかったり、、

過去はどうであれ、自分が将来子供を授かった時、また友人から相談を受けた時には、それが誰の課題なのかをしっかり判断できる人になりたいと思いました。

 

だからと言って、冷たくするということではなく、暖かく見守れる人間になりたいですね。

 

そして実は、他者の課題として切り離すことには自分自身にもおおきなメリットがあって、

 

SNSなどで人のむかつく投稿、ニュースなどで芸能人のよくないニュースにイライラすることはありませんか?

 

そのような時こそ、それはその人の課題であって、自分にとっては関係ないのだと考えることが一番良いです。自分い向けられてない投稿ですらイライラしていたり、持つ必要のない怒りまで生まれてくることもあります。

 

だからこそそういう時は、冷たく、他者の課題として、あくまで傍観者として見ていればいいと思うのです。

 

Tatsuay 

 

<参考文献>

小倉広(2014) 「アルフレッド・アドラー 人生に革命が起きる100の言葉」
ルフレッド・アドラー 「生きるために大切なこと」